親子移住

セブ島親子移住は簡単じゃない【3ヶ月目の現状とは】

どうも、こんにちは。

セブ島に引っ越してきてもうすぐ3ヶ月になるシングルマザーのひとみ(@hitoiro__)です。(2019年3月作成)

何のあてもなく、家もなく、娘の学校も、就職先も決まっていないに勢いで引っ越してきたら、自分に自信がついた話をお届け。

セブ島に移住を決めた理由

そもそもセブ島に引っ越そう!って思った事にそんな深い意味はない。

元々親子で留学に行った事があって、過ごしやすかったので「いきたいな」って思ったのと、自分に生きてく力をつけたい、あとは娘と一緒に英語を話せるようになるため

悩まなかったのか?と聞かれるとそりゃ悩んだよ。悩んだ。

はじめは何から始めたら良いの?って思った。

まずは考えるより行動!とおもい、家を退去の手続き、手続きしたら、家具を売るしかない、車どうしよう?と思ったら、査定に出すしかない。売るしかない。保険も解約した。

とにかくなんでもいいから今やるべきことをひとつひとつこなしていく。

小学校の退学届や、職場にはやめます!と伝える。

そうしているうちに「あれ?移住って準備これだけか?」と思っていたよりも簡単に思えた。

服はぽいっと妹にあげたし、いらないものはゴミの日に出した

あとは航空券を取って、カードを海外キャッシングできるものを作った。

家はとりあえずシェアハウスに決めた(かなりギリギリで)行ってから家さがそ〜なんてノリで決めた。

ついにセブ島へ渡航:2018年12月17日

そうしているうちにすぐ渡航日がき。名古屋から東京へ行き、セブ島へ出発

わくわくした。

セブ島のまくたん空港には留学してたころに仲良くなった先生が迎えにきてくれた。

今でもとっても仲のいい友達。

シェアハウス生活の始まり

そしてシェアハウスにいく。ついた瞬間不安になったよね。だって雰囲気が・・・・ちょっと不気味で。夜だったので余計にそう見えたのもあるけど。

でも中に入ると綺麗で、安心して眠りについた。この日から私たちのシェアハウス生活がスタートする。

初めてのセブシティ以外の土地だったのでまったく土地勘がなく、雰囲気も違ったのでまた余計に不安になった。

料理は得意な方だったのに、野菜が全然違って何回も失敗して自信をなくした。唯一美味しくつくれた思い出のカレーライス

はじめてモールに行こうと思って歩いていたら、気づいたら反対方向を歩いていた。周りの人に聞いてもなぜか、わからない。あっち!と嘘の場所を伝えられた。

諦めてタクシーに乗ったら他のところで降ろされたり最初からかなりのダメージを受けた。こんなはずじゃ・・・・予想してないことが次々に起きる日々。

そんなの当たり前だけど、とにかく精神的に不安定だった。でも行動しなければこのままだ。

無知が一番怖い。だから知らないことを、もっと知るべきだと感じた。

挑戦と失敗を繰り返す日々


まずはバイクタクシーや、トライシクルに乗り生活水準をフィリピン人に合わせようと思った。ぼったくられても何回も乗った。

そのうちに感覚を掴んで、値切れるまでになった。そしたら少し自信と安心感を得られた。

その次に、ジプニーに挑戦した。何回も乗るうちにビサヤ語(セブ島の言葉)でジプニーで使う言葉が話せるようになった。

少しずつ慣れてきたけど、家も、学校も決まってないことの不安もまだまだあった。

焦ることじゃない!と自分に言い聞かせて、少しずつできることから始めることにした。

娘の気になっていた小学校にアポなしで突撃訪問。玄関がしまっていたので外観がなんとも言えないローカルな雰囲気で、想像と違ってまた不安になった。

そんな気持ちとは裏腹にとっても優しい先生が迎えてくれた。中をみると狭い、校庭ない、でもバスケットゴールがある。

アットホーム感がすごい。娘がこの学校を見た時にここがいいな〜って言ったので、ここに即決定した。

学校から必要なものリストを渡されて、それとお金を準備するのに2週間くらいかかった。

そしてついにシェアハウス生活から約1ヶ月経過した時に学校が決まった。そしてすぐに通い出した。一歩ずつ前に進んでいた。

どんだけ弱音吐いても、どんだけ悩んでも、どんだけ行動することにびびっても、やるしかない!前に進む以外ない。

泣いても、怒っても、喚いても選択肢は、全力を出すことだけ。だって、もう来ちゃったんだから。

ついにセブ島の小学校に通い出す


それから少し遠いけどシェアハウスから現地の小学校の送り迎え生活がスタートした。弁当を作り、毎日の送迎はバイクで。頑張ったよ。

それと同時にインスタも更新し、仕事を探しつつ、ブログを書いて、英語の勉強して、ユーチューブの編集をこなした。とにかく毎日が忙しかった

これがのちに良い方向へと進むきっかけになるのだが、この時はまだフォロワーも少ないし、何も結果がでない事がストレスだった。

何やってんだろう・・・・。セブ島に来たのになにも成長してない・・。

とにかく自分に厳しい性格なので自分で自分を追い込んで、苦しかった。正直、泣いたよ。でもどんどん時間は流れる。だから行動する。この繰り返し

1ヶ月が過ぎたころ、家を探していた。フィリピン人が約束の時間にこないという経験をしたので、日本人に頼もうと思った。

奇跡的にシェアハウスオーナーが不動産屋さんだったこともあり、すぐに話が進んだ。

3件くらい見に行った。ここにしよう!と決めたところがダメになって落ち込んでたけど、違う日にまた紹介してもらったところがなかなか良いところでそっちに決めた。この部屋。

なんでもついてていい部屋。合計4件みたけど洗濯機がついてたのはこの部屋だけだった。

その時に前のところじゃなくて良かった、こんな素敵な家が安く借りられたんだからって。やはり起きること全てに意味があるんだな。と実感した。そしてついに私たち親子のシェアハウス生活が終了しました。

ITパークのコンドミニアムにお引越し

また新たな生活がスタート!学校まではジプニーで7ペソ(14円)で通えるし、帰りは歩いた。そして目の前はナイトマーケット。

素敵すぎてやっとここまできたーーーーーー!!!!と心が休まった気がしてほっとした

家が決まり学校もきまり、、、でも生活していくにはお金が必要になる。

就職するか、フリーで頑張ってみるか?いろいろ考えつつも毎日が過ぎる。

とにかく毎日できるだけのこと少しでもいいからこなそう!と決めて行動したら、結果が出てきた。

何をしていたかというと、ツイッターやブログなどのSNSで情報配信を続けていた。それくらいかな?

それくらいと言ってもただ情報配信をするのではなく、いろんな人のnoteを読んだり、方法も考えて投稿した。

そしたらフォロワーが徐々に増え始めた。そこから小さな仕事に繋がったり、いろんな人との繋がりができた。

ただ、日本人コミュニティは苦手なので入っていない。

だからメッセージが来ても会う人は選んで会っている。たまに・・・な時もあるけど(笑)

副業で少しお金を稼ぎつつも安定的な収入がないので、常に心が不安だった。なので就職しつつ副業を伸ばす!という結論にいたり、また就活することに。

なかなか就職できなくて自信をなくす日々

就職って難しいんだね!日本で仕事探すのって簡単じゃん?

例えば介護なら未資格、未経験でも常に募集してるし、派遣に登録したらすぐに工場紹介してくれる。

子供がいるならパートで働けるし、居酒屋でも働けるしとにかくそんな難しいことではない。

でもセブ島は違う。子供が学校の間だけ!みたいな都合のいい仕事はほとんどない。そこそこのスキル(プログラミングや、マーケティングが得意など)があれば別だが、私には何もなかった。

元々とくに資格も特技もない。あるのはやる気と根性と、、あとは行動力?くらいで、日本にいる時に3社、セブ島に来てから2社は落ちた。

合計5社落ちた時点でセブ島シングルマザー就職無理説が出来上がろうとしていた。

でもこんな状況に少し面白さを感じたのもある。友達にも言われたが、どん底に落ちれば落ちるほど強さを発揮する。

っていうタイプなので(どんな?)この時に今まで受けてきた英会話系の仕事を諦めて、ウェブシステム開発という、なんとも私が受かりそうもないジャンルを発見した。

よし!これだ!と感じた理由は、未経験でもやる気があれば歓迎と書いてあったし給料もそこそこだったから。でも本当にこんなおいしい話があるのかな?と思いつつも面接に行った。

そしたら案の定、無給のインターンとして働いてもしスキルが伸びたら正社員になれる(かも)ということだった。無給で働いて正社員になれなかったら完全に貯金が底をつきて日本に帰ることになる。

でも待てよ、プログラミングを、無料で学べて生きてくスキルをつけるには最高の機会なんじゃない?って思って面接が終わってすぐに企業宛にメールをいれた。

「生活費はなんとかなるので、ぜひインターンとして学ばせて頂きたいです!!!女性ですが、やる気と根性はあります!」返事はすぐになかった。

会社から1通のメールが届いた日


心の中では、子供がいて、未経験で、女で、ってなんか私を雇うメリットあるんかなとか考えてしまっていた。

そして3日後メールが入った。社内で検討したところ、今後谷村様と・・・・・という合格のメールだった。嬉しかった。飛び跳ねた。

そして、以前提示した内容よりもいい条件で働いていただけると思います。

というとってもきになるメールを頂き、数日後また会社に行くと「給料ですが○○万円と、家賃補助もでますそして・・・」と話し始め・・え?まってまって・・(給料もらえるの?)といきなりの話に混乱。

そして誰かと間違えてる?と思ったので聞いてみた。「あの・・無給ってはなしだったと思いますが・・・。」

そうしたら、本社と話し合った結果、やる気があると感じたので安心して長く働いて頂きたいので給料を出すということになったという・・・。

奇跡起きた。

今まで頑張ってきて、一生懸命まっすぐ進んで決して諦めずに行動してきた自分を初めて認めることができた(自分に厳し過ぎw)でも本当に自分に自信がついたし、行動すれば道は開けるという事だ!そして準備期間として約3週間を頂いたので、家政婦探しをしている最中である。

家政婦さんが見つからなければ、働くことができないからね。こうして前に進んでいるのだ。

よくすごいね!と言われるけど、こうやって振り返ると何にもすごくない。ただ行動してきた結果だから。

だから行動する!ということがどれだけ大事か身にしみて感じることができたし、どんな辛い状況も諦めなければ道は開けるということ!

なんのスキルもなく、引っ越してきたけど、どうやら私の新たな人生がスタートしたみたいだ!(書き方w)

新たな生活への第一歩

よし!これからもっと自分のために頑張ろう!自分のためって言うとなんか自分勝手に聞こえるけど、家族の笑顔がみれる=自分の幸せだし家族と旅行に行ける=自分の幸せだからな!

自分の為なら苦労も続けられる。

結果それが家族や周りの人の幸せにも繋がるわけで。

何が言いたいかって、ぐずぐず悩んでないで今すぐ行動に移したら人生変わるかもよってこと。

以上!

ここまで読んでいただきありがとうございます。

その後9ヶ月間のセブ島生活を経てIT企業を退職し、
帰国後親子留学カウンセラーになりました。

たったの9ヶ月ですが英語力も親子で中級まで成長し
プログラミング自体もまだ続けています。

確実に何もなかった私に、生きていくスキルがついたと言えます。

今では留学の相談にのったり、実際に留学して調査したり
YOUTUBEでリアル留学動画など配信しています。

ABOUT ME
HITOMI
HITOMI
セブ島留学カウンセラー。シングルマザーで小学生の娘を連れてセブ島親子留学・移住を経験。元介護士で毎日平凡な生活をしていた私が、セブ島に出会い人生が変わりました。このブログではセブ島の"いろは"をみなさんにお伝えします。